「野生のマネキン」雑誌PLAYFIGHT撮影話

ある本屋さん主催の、編集を学ぶというワークショップで、半年間かけて雑誌を制作した。その表紙の写真を撮る話。
雑誌の表紙はやっぱり何かドーンっと写真だろうと思い、いいアイデアを考え中。
ふと思いつく。そういえば近所で荒廃した土地に佇むマネキンがいた!!(半屋外の物置のような所にマネキンが放置されている家があった。)あったよね?!うんそうだ、絶対あれがいい!図としても面白いし、コンセプトとしてもマネキンは完璧だ!どうにかあれを写真に撮ろう!
その「野生のマネキン」と勝手に名付けたマネキンは(いま思うと人にかわれていた物だろうから、野生でもなんでもないのだが、その時はその名付けが絶妙にしっくりきてしまったのだ)それまでで過去に二度、見たことがあった。一度目はその光景の不思議さに目を見張り、嘘かと思った。普通に家に帰る途中で歩いていて見たので、日常の世界に変な空間ができて非日常の世界が急に浮いて出てきたかのような印象だったから。2度目はそれが夢じゃなかったんだ、と驚いた。それにしてもやはり何か変な時空間に入り込んでしまったような気持ちになった。
さて、かつて二度見たことがある(だから多分さすがに実在する)そのマネキンをぜひ雑誌の表紙にするためにカメラで撮ろうと決めたものの、問題は私が相当の方向音痴なので、いつどこらへんで見たかが全くわかっていないこと。近所で歩いていた時に見たので、家の近くで、しかもかなり近くだけれど、よく通るルートから少し逸れたところにあるはずだ。ただ私の想像のみでの検測では、家から半径徒歩10~20分以内の円の中にあるはず。とにかく、手がかりも何もないので、体当たりあるのみ。絶対にそれがもう私の雑誌の表紙になる、それ以上に良い画はない、という確信だけを持ってしまったからには、「野生のマネキン」を探す旅にでる。
すんごい暑い日に、ついでにスーパーに買い物にも行こうと思ってエコバッグとカメラを持って家を出た。
近くのたいやき屋に行く途中のどこかの道にあったと思う。裏道に入って左右をキョロキョロしながら歩くけど見つからない。次はそれぞれの道を曲がってみて、見ていない道がないようにジグザグに曲がってみるが見つからない。だんだん不安になってくる。何にせよ方向音痴がすごすぎて、範囲ももしかしたら見当違いかもしれない。範囲だけでも絶対その中にあると決まっていればその中の全ての路地、通路をしらみつぶしに探し続けたら見つかるだろうけど、、、。でもやっぱり距離的にはそんなには遠くないはず、もしかしたらマネキンがいるすぐ隣の道を通っているのにニアミスしていることだって十分考えられる。でも待って、本当に現実で見たんだよね、あれってリアルに存在してるマネキンだよね、夢や妄想じゃなくて?だって一回ならまだしも、二回見たもんね、、、。神隠されている場所を探しているような気持ち。
そして暑すぎる。汗がダラダラ垂れてきて無理になるので、一旦スーパーで買い物。この時点で家〜スーパーをいろんなルートでジグザグと振幅たっぷりの三〜四往復くらいはしている。帰りには道を挟んだ見ていない側をジグザグしてみる。と!本当に最後に、「この道行ってみて、なかったら今日は一回帰ろう」と思った道に!見つかった!!!なんちゅうタイミング!!
一軒家のお家の、外から入れるカーポートのような場所が物置と化し、自転車やポリ容器、粗大ゴミのようなものが転がっている中に、マネキンは、やはり、現実から浮いているような存在感で、佇んでいる。玄関は逆側にあり、空き家ではないかもしれないが、かなり荒廃している雰囲気。きっと側から見ると不審者さながらの怪しさで、カメラでささっとパシャパシャパシャと写真を撮る。というか、住んでいる人がいるのなら普通に人の家をコソコソ撮る不審者だ。そしてそそくさと帰る。
帰ってすぐにカメラをPCにつなぎ、撮った写真を見る。さすが野生のマネキン、いい写真が撮れた。写真の腕前は別として、被写体が良い!図がいい!
さて、その雑誌の編集のワークショップは2~3週間に一度講義があり、そこで受講生それぞれが制作中の雑誌の進捗なども共有し合う。
野生のマネキンの写真を撮れた1週間後のワークショップの日。雑誌のロゴなども試行錯誤しながら何パターンか作り、その撮った数枚の写真と合わせてみて、表紙候補の画像複数を持っていく。

その日は少人数のフィードバックの会で、雑誌のコンセプトに対しこの写真が表紙なのがわかりにくいと言われる。確かに、自分でもそのちょっとした引っ掛かりには薄々感づいていて、裏表紙くらいにする方がいいかもなとは思っていたので、痛いところをつかれた気持ち。どうしようか、、、と、せっかくマネキンの所在地を訪ね歩き探し当てて撮ったのに、急に構想が再びもやに包まれたように感じ、心許なくなる。
その後に一人で珈琲を飲みながら、落ち着いて、表紙をコンセプトに合わせるためにどうしたら良いか考える。もうこうなったら、そこのおうちに許可を取って、そのマネキンをドレスアップして撮ればいいのではないか、、?不審者のように通りすがりで急いで撮った写真を、許可なく表紙にすることにも、ちゃんと疑念を持ち始めていたので、許可をとればそこの不安も払拭できる。そしてワークショップで他の人にも指摘されたように、既に撮った写真は裏表紙にしたらそのマネキンのドレスアップされる前の「野生の」姿が最後に見れて、ストーリーとしては面白いし完璧。そのアイデアが今まで無意識の領域をちらつかなかった訳ではないだろうけど、きっとビビって意識の領域にまで持ってきていなかった。けれど、よし、これはやるしかない!
ただ、その家とマネキンの持ち主に許可を果たして取れるのか、そういうところがどうしようもなく臆病者なので緊張でドキドキする。策を考える。いうまでもなく、ピンポンすればいい話だが、もちろんピンポンする勇気は全くもって皆無。
毎日そこを通って、いつか偶然道で会うことを期待しようかな。「近所に住んでて、ここに不思議なものがあるのがずっと気になってて、、」っていうのはかなり好感を持ってもらえるのではないか?ご近所さんという、怪しまれないパワーワード、しかも本当。でも、家主に外で偶然会える確率なんて低そうだけど、、まあ、まだ時間はあるから、まずはその作戦で行こう。道を練り歩いてマネキンを探し当てたように、持ち主に会えそうな時間帯を探っていけば会えるかもしれない。
もうそれを考え始めると勢いづいて(というか自分を勢いづかせるために)、珈琲を飲みながらそう決めたその帰り道の足でセカンドストアに行き、馬鹿げてるくらいでかいニセモノのパールの三重になってるネックレスを買う。その家の前を通ってみる。人はいない。表札を確認する。ある名前は一つだけ、しかもフルネーム、男性。しかも龍という漢字が入っている、、怖そう。(偏見がすぎる。)
そこからそれこそストーカーさながら、たまにその家の前を通ってみる。仕事への行き帰りやスーパーに行く時、土日に出かけるときにちらっと寄ってみる。かなり時間帯はバラバラだけど会わない。夜に電気がついているのを見て、住んでいる人はいるんだな、と確認もする。かなり大きい家のようだから、昔は2世帯とかで暮らしていたけど今は一人かご夫婦でくらしているのかな、などと勝手に想像する。
そんなこんなでその家の主とは会えないまま2週間が経ち次のワークショップの会。
前日の飲みのせいで盛大な大寝坊、二日酔い。なのにワークショップ後のランチの幹事的なものだったので、行かないわけにはいかず、二時間以上遅刻だったけれどなんとか行く(タクシーをアプリで呼び家からワークショップ会場まで乗り付けた)。他の受講生の皆の雑誌が着々と進んでいて焦る。私も中身の進捗的にはものすごく遅れているわけではないが、なんにせよ、顔である表紙が不確かなせいで漠然と不安感があり、雑誌全体のなんとなくのイメージがグラグラ。
そのワークショップ後のランチは豪華円卓中華で、もちろん(大寝坊のため)朝から何も食べていないので空っぽのお腹に、どさどさと中華を詰め込む。楽しい時間を過ごして皆さんとお別れした後、まだ残っている二日酔いのふわふわと、急に高カロリーの食べ物を腹十二分に詰め込んで頭がぼーっとするのが相まって自分が変なテンションだと気づく。よし、このノリでピンポンするしかない。(既に一ヶ月が経過しており、締め切り的にもこのままいって「偶然の遭遇を目指していましたが会えませんでした、、」ではやばい。)
はたまた自分を鼓舞するために、そして言い訳を作らせないために、帰りに100均に寄り、背景にできそうな赤い板を探す。良さそうな大きさのプラ板はあったものの白と黄色しかなく、なんとなく背景は絶対に赤だという気分になっていたので、板ではなくてもどうにかなるか、と赤のフェルトの布生地を買う。ピンポンしてもしオッケーがもらえたら、この前買ったドデカ偽真珠ネックレスを一瞬家に取りに帰って、そのフェルトをなんとか背景にして撮るのだ!
そしていざゆかん!!
ドキドキしながらマネキンの家の前まで歩き、(朝は二日酔いのまま揺れるタクシーの中で適当に化粧しただけだったので)道すがらせめてリップだけでもと塗り直す。柵の前にピンポンがあって、柵の後ろに階段があって玄関があるスタイル。勇気が出ず、柵の前でなかなか押せずにいたが、普通に住宅街なので、柵の前でウロウロしているヤツの方が怪しいだろうと心を決め、本当にドキドキしながら「えいやっ」とピンポンを押す。
、、、出ない。
もう一回押してみるが、出ない。
すごすごと家に帰る。一回そこまで行ったならまた明日でも行けそうなものだが、そうならないのが、そういうとこでは引っ込み思案な私。
次の日は家でだらだらと編集をして、なんなら日記を振り返ると雨を理由にウーバーイーツという怠惰をしたと書いてあり、特に昼にウーバーなんてあまりしないので、つまりもはや頑張った(何の結果にもなってないけど、の)反動で引きこもってしまっているようだった。
次の週末、土曜。
期限的にデッドラインが迫ってきていて、やばい。とにかくまずは表紙用に撮影ができそうかを判断しければ。できないならそれはそれで何か別の表紙案を考えてそちら側にうごかなくてはならない!
ただもう一度ピンポンするだけ、するだけなのだ。そこからは身を任せるしかない、なるようにしかならないのだから。
そこは分かっているのに、もう一度ピンポンすることができないわたし。。。この前は変なテンションでえいやっと行ったのに、そのおかしな状態じゃないと勇気が出ないいくじなさ!ノリか変なテンションか、勢いがないと行けないので、もはや酒飲むまであるかと思ったけど、まあ流石に追い込まれているのでどうにかこうにか、気持ちを固める。ほんとに、まずはピンポンして聞いてみるしかないんだから!
やるしかない!!
勇気をかき集め、再度ピンポンしに行く。
もし不在でも、ちょっと買い物とか用事を済ませて、帰り道に夕方の時間帯でもう一回ピンポンチャレンジしてみよう。(じゃないと家に帰ってまた反動で引きこもってしまう、、。)明日も空いているので、アポだけ取って明日撮影でも可。そんなことを考えながら、野生のマネキンを探し訪ね歩いた時のように、またエコバッグを持って家を出る。
またも心臓高鳴りながらその家の柵の前に立ち、震えながらピンポン、出ない。ダメ押しでもう一度押してみるとはーいと女性の声。
そして上下ジャージメガネ髪ボサあげてるタイプのお母さんが出てきた。休日だしオフモードなのか。
想像していた老夫婦像とは全然別のタイプが出てきたので戸惑いつつも、どもりながらこうこうで、、と経緯を説明する。すると大丈夫だけど家が特定されないように周りを映さないで欲しい、そして撮った写真を確認させて欲しい、とのこと。つまり、なんと、オッケー!!
許可がもらえたら準備を整えて明日撮影できたらベストだな、と思っていたけど、今から夕方までなら家にいるから、と言われたので拍子抜けで準備不足の私はとりあえず「すみません二、三時間後にまたきます!!」と言い、超特急で準備すべく、近くの駅の方へ早足で歩く。脳内に流れているのは保育園の運動会のかけっこの時とかに流れるなんか急がせる系の協奏曲(調べたらクラシコポストという曲だった)。
向かったのはまたもやセカスト。吟味してスカーフを2枚買う。そして閉店セールをしている田舎特有の変な安いアクセサリー屋でハートモチーフのネックレスも可愛いので買う。これを盛り盛りでつけて撮影したらまあコンセプトとしてはいいのでは。
急いで家に帰って、先日買った赤いフェルトの布を広げる。丸まってしまうので、板か何か貼ったほうがいいかもと思い、去年の気候マーチの際に作ったプラカードの段ボールに上から貼り付けてガムテープで止める。うん、せめてなんとか背景にできそうな赤い板っぽくなった。
左手の爪だけマニキュアで赤く塗る。赤い爪はこだわりで、誰にもわからないとしても、自分としては意味を持っていて、どうにか入れようと思っていた。パレスチナで起きている虐殺に対して思っていること考えていること、活動などできているわけではないけど、でも何も無いことにはできないしたくないと思っていること。
そして赤い爪についてとともに下の日記的備忘録にも書いた、マックルモアの『HIND'S HALL』曲中の「Where did the artists go, What'ya have to say」というメッセージ。私も雑誌を作るということで、一表現者になるのだから、ここで何も表明しないということは何も言う事がないということ、思っていることがないのと同じになってしまう、などと考えて、直接的なメッセージを入れることは難しいながらもせめて自分だけは意味を込めている赤い爪の写真を表紙には入れたいなと思っていた。
手をブンブン振って、なけなしの扇風機をあてて、マニキュアを乾かす。どっちにしろ右手はずっとカメラを持っているので、赤い爪にするのは左手だけでいい。
tachitochigaguru.hatenablog.com
先週おばあちゃんにもらった箱詰めのお菓子を、食べていなかったので、横流ししちゃおうと思い、綺麗な紙袋を探して入れる。ごめんねおばあちゃん、、ただこれほど完璧なタイミングで箱入りのお菓子があってしかもまだ開けてなかったなんてすごいし、ひいては私のワクワクや楽しみに繋がっているから許してください。
またエコバッグにスカーフやらネックレスやらを入れて、お菓子の紙袋を持ち、再度ピンポンする。もし良かったら食べてくださいとお渡しして、また写真が撮れてからピンポンすることに。
暑い中だらだら汗を流しながら、赤いフェルトを貼ったダンボールをなんとか片手で持ちながら、もう片手でカメラのシャッターを切る。背景にするダンボールはマネキンの後ろに持たなきゃだし、カメラはできるだけ引いて撮りたいので、腕の長さが足りず両手が裂けそうなぐらいマックスで頑張る。スカーフ二枚重ねや、ネックレスダブルづけなど、何パターンか撮る。暑くて頭もおかしくなりそうだし、自分の態勢もすごくきついし、もうこれでいいやいいや、この中からどうにか選ぼう!と思って切り上げる。もう一度ピンポンして家主のお母さんに一応見てもらい、(この時カメラが壊れていて、撮った写真を一枚一枚見ることができず、めっちゃ猛スピードで撮った写真全てを駆け抜けて行った。)大丈夫ですと言われ、お礼を言い、そそくさと家に帰る。
カメラをPCに繋ぎ、すぐチェックする。いい感じかも!ありがたいことになんとか表紙にできそう!!
それでまた何パターンか写真やデザインを変えて作って見て、決めるにあたって他の人にも聞いたりして見た。こちら没になったスカーフ二枚重ね写真案。

そして最終的に表紙に決まったのが冒頭の写真のもの。そんなこんなでできた表紙でした。そして裏表紙は最初に撮った荒廃した地に佇む風の「野生のマネキン」。

ちなみに、その写真の意図についてのぼやぼやぐるぐる構想
最初考えていたのは、モデルの写真を撮っている撮影スタジオのような場所で、モデルがいるべきはずのセンターに穴がすっぽり空いたような、モデルの不在という画。それに呼応するのが野生のマネキン、本来いるはずのないところ(もっと森とか川でも面白いなと思っていた)にマネキンがいるという図。雑誌の内容と絡めると、私たちが日常的に広告などで見ているモデルの写真からはそのモデル個々の人間的な温かみが抜けていて、ファッションモデルという存在はなんとなく未知に思えるということ。素のままの状態だと、どんな一面を、どんな片鱗を見せてくれるのか、という期待。
でもこの野生のマネキンが置かれていた場所も面白かったので、それを活かすことにした。そうすると、飾り立てて背景もつけて写真に収めたマネキンと、本来の姿である、その装飾を全て剥がれ荒地に佇むマネキンの姿の対比。服を着せられメイクを施されたファッションモデルがカメラワークにより輝きを見せる、作られた瞬間の切り取り、そしてそうではない日常の姿。などなど。
ただ、モデルをマネキンと見立てている時点でそれは顔と表情がある個々の人間をのっぺりした顔なしのマネキンで抽象化しているような感じもある。そうするとその時点で、没個性・人間性の視点になっているので、一皮肉入っているような気がするし、そうするとそのマネキンを飾り立てるということが二重に皮肉のような、、、するとそもそも、飾り立てられていないマネキンってどういう意味付けなんだっけ、そして私が垣間見たい片鱗はどこにあるんだ。サブタイトルにした、装う時の、モデルをする時の、遊びや戦いはどこにあるのだ、、?なんてそもそも倒錯してきて、意外と自分でも考えれない複雑な考えが折り重なったような表紙になった。これはこれでよかったかしら。。
ガザ、パレスチナでのことと私。日記的備忘録。〜後半〜
かくして、より自分が心を痛める事柄としてパレスチナ・ガザでのことに目を向けるだけでなく、いまを生きる人間として何か行動しなきゃ、というよりしないわけにいかない、という思いに駆られて私は、動き始める。できるだけ。
国連WFP(国連世界食糧計画)にガザ指定で寄付。即時停戦を求める署名。UNRWAへの資金拠出停止に抗議するオンライン署名。
今まで自分が見ていなかったけれど、学び始めた途端にこれは全員に知ってもらわないといけない、と非常に自分勝手な正義感。
でもまだ勉強不足なので、SNSで発信・共有はできない。石橋は叩いてから、渡りたいのだ、と橋の前で足踏みするタイプ。
2月18日 ハンズオフラファ全国アクション、全国各地でデモやスタンディング
私がパレスチナ・アクションにしっかり注目し始めてから、一番の盛り上がり。オンラインでの情報共有もすごい。新しくフォローしたインスタのアカウントで、そのアクションに参加している人たちが見えてくる。小さな携帯の画面でその様子を見、声を聞き、言葉を読む。涙もろいので涙する。だんだんと、もっと、いてもたってもいられない気持ちになる。
署名や寄付だけではだめだ、一回やって小さく完結してしまうことでは。それだけでは足りない。アクションの効果としても、ことの大きさに比べて小さすぎるし、自分としてもこんなに気持ちが熱く、痛く、苦しくなっているのに、これでは足りない。もっと積極性のあることをしないと、、。
2月20日
堪えきれない気持ちになり、もう少し積極的なアクションを、議員にメールを送ることを決意。自分の中でぐつぐつしていたものが、もう外に出さないと、居ても立っても居られない。友達にも共有しようと思う。私がその議員に切実に届いて欲しくて書いた言葉なら、その切実なまま届いてくれるかな、と。
わからないなりに調べて、とりあえず過去に国会でUNRWAへの資金挙出停止に関して質問、再開を要求していたふとりひでし議員とあべともこ議員にメールを送ることにする。その論点ナイスだよ、それを訴えて欲しい、代弁して欲しい国民がいるよ、と。
同時にSNSにも投稿する。親しい人だけに、まずは。
勉強不足です。勉強して、準備してから何事も動き始めたい私にとってはあんまり許せないくらい勉強不足だけど私は月から金まで働いてて忙しくて、だけど足踏みだけしてるわけにいかない問題があるので、まず動き始める。できることから。
私の言葉である、議員へのメールも一緒に。
謎理論すら持ち出しますが、もはや開き直ってできることをする。
とりあえずぶつける石の一つにでもなれば。
ほんとに、もう間違ってたりしてもまずやる。細かいところを気にするよりまず気持ちを伝えて数の一つにならないと。以下がメール文。
学生時代に誰か一人が悪いことをしたせいで学年全体で放課後居残りになること、部活動全体で活動停止になること、連帯責任を負わされることはありましたが、それとこれとは話が違います。連帯責任の結果、罪のない人たちの命が大勢失われてしまうなんて、そんなおかしなことはしないで欲しい。
だからUNRWAについての調査の結果を待っているわけにいかないと思います。そうしている間に、ガザの人たちの命が失われてしまいます。3月の中間報告で問題がなければ援助の再開を、という要求にも岸田総理は答えていませんでしたが、その答えを追求するだけでなく、ノルウェーなどの数カ国を見習い、援助打ち切りを今すぐ撤回するように追求してください。
もちろんイスラエルによる侵攻が、虐殺が終わることが最善ですが、それまでの間、人道支援という唯一の希望すら砕けてしまったらどうなるのでしょう。
兎にも角にも、UNRWAへの資金援助を今すぐ再開していただくよう働きかけていただけないでしょうか。
2月23日 祝日の金曜日
とりあえず足は踏み出して見たものの、勉強不足だからとまだ情報の共有にビビっている私はChoose Life Projectの「いま、日本でパレスチナのために出来ること」という過去の配信のアーカイブをみる。12月の配信を2月に見てなお、(だからこそ)そこでガンと衝撃を受ける。なぜこれをもっと早く見ていないのか自分。
まずは、なぜあなたがこのことに関心を持たなくてはならないか。あなたには声があるから。声をあげられるから。死んだら声はあげられない。もうそこまで来ているということ。声を奪われている人はじゃあどうやったら注目してもらえるの。
ここで1人の世界市民として声をあげられないなら、今まで歴史で、アートで、何を学んできたというの。
あとは分かっていたことだけど日本がアメリカ側であるということ。つまりイスラエル側であるということ。イスラエルの暴虐を見てみぬふり、沈黙してるだけではなくてむしろそれに加担しているということ、本当に信じられない。
第二次世界大戦で許されない非人道的な暴虐を行ったナチス、ドイツ。そちら側に味方として立っていた日本は、日本人は、ナチスのやっていることをおかしいと思えなかったのか。小中高と、社会の授業で歴史を学んだ時に、そういったことを考えていたが、まさか今回もその二の舞だなんて。怒りと呆れと、通り越してもうただほんと純粋に「やめて欲しい」。敵は近い所にいる、じゃないけど、自分の国がまず加担しているという絶望。でも逆に、だからこそ「日本でできること」。インスタの親しい友達じゃない友達にも共有し始める。
続けて、2月24日のその配信の第二弾を数日遅れでアーカイブで見る。これをオンタイムで見れないところに社会人の忙しさ。
また信じがたく悲しすぎる報告を聞いてしまう。イスラエルで武器の製造・組み立てに使われてるロボットは、日本の企業が売っているらしい。そのファナックという企業への抗議の署名、そしてシェア。ストップファナックなう。イスラエルの死の商人に武器製造ロボットを売るな。
3人が、あなたのおかげでこの署名に新しく参加しました、というお褒めのメール。まじで許せないから全員署名してもらってファナック止めたいと息巻いていたのに、実際に投稿すると不安で不安で、友達で僅かでも理解して賛成してくれる人がいることをものすごく嬉しく感じる。涙。
今まで知ろうとしてこなかった自分、あり得ないくらい自分勝手に、他の人が知らないことを悲しんでしまう。
今までは見ていなかった情報を、SNSで見て、通勤電車の中ですぐ泣いちゃう。そして周りの人はきっと呑気に友達の投稿を見たりゲームをしているのだと推測決めつけ。一緒に乗っている車両の中に、パレスチナのことを気にしている人はいないだろうと勝手に考えて、そのやるせなさでまたさめざめとしてしまう。
会社のすぐ隣のスタバ(ささやかな行為ながら私は久しくいっていない)でコーヒーを買って持ってくる人に、何も言えず無視もできず。
そうやってヒリヒリしつつも、暴力は見ないでおこうと思えば全く目に入らない程遠いことなので、目の前のぬくぬくとした日常に飲まれていく。ぬくぬくとと言っても順風満帆幸せなわけではない。仕事がいそがしくて、人生に疲れて、嫌なことがあって押しつぶされそうになって、自分が大変な時。そしてそれを忘れる為に飲みにいく、美味しいものを食べる、ドラマをみる。その中で幸せな時もある。毎日いろんな感情があり過ぎていく。その中でガザでの暴力は止まらず、人は死に続ける。
3月1日 ある報道によると30000人の人がすでにガザで殺された。
それはガザの人口の75人に1人。12500人は子ども。8000人以上は行方不明のまま。避難した先でも人道支援が届かず、人口の4分の1以上が飢餓状態。その中で日本はUNRWAへに資金引き上げたまま。つまりその飢餓状態を救うどころか推し進めている。そんなこと許されないし許さないで。日本はUNRWAへの資金を再開してください。オンライン署名を再度シェア。本当に意味がわからないくらい許せない。
岸田首相、上川外務大臣にもメールを書きたいと思う。なぜ、現状の中で反対しないことができるのか、ということを強く言いたい。さらにまたそれを発信してそのまま同時に友達たちへ切実に伝えるツールにしたい。
現状の中で沈黙はイスラエルの黙認であり虐殺への加担なんだから、ということ。ここまできていて、ラファまで攻撃されるっていうんだから、何も言わなかったらイスラエルは止められることなく進行して行くんだから。
それは自分に対してもブーメランで返ってくる。何もしないってことは、黙認なんだから。自分レベルでは何も行動ができなくても、せめて黙認はしたくない、認めてなんかないよ、おかしいことだし許せないよ、っていうことは言わなきゃ。だから私の発信は、共有したい、もあるけどそれより先に、今起こっていることをないことにはできない、という気持ちの表れ。思っていてもそれをなんらかの表現で表に出さなければ、思っているということがわからないから。起こっていることをないことにしているのと一緒だから。
通勤の電車中にそんなようなことを首相や外務大臣に訴えかけるメールの文面を考えてスマホのメモに打つ。けれど、そのまま共有したいがためにより強い文面を考えたくて、考えるほど難しくなり、忙しい中進められずいまだ送れていない。
3月のある日、赤いマニキュアを買う。
私の日常は続いていき、その中で仕事をしたり友達と遊んだり飲みに行ったり。忙しくて、きつくてしんどいときもあれば、楽しくて幸せなときもある。でもその同じ日々でガザでは毎日攻撃が続き、病院や難民キャンプまでもが爆撃され、武器を持っておらず手をあげている人が撃たれ、人道支援を受け取るために待っている人たちが殺される。
毎日の楽しみを享受することに罪悪感を感じる。ガザのことを忘れている瞬間が申し訳ない。(そんなこと言ったらウクライナはどうなる、他の紛争はどうなる、そこはまだ私は無知であり考えられておらずダメダメだ。)かと言って私の嬉しい時や楽しい時の感情を押し殺すことや、ずっとガザのことを思い苦しさを感じ続けることを自分に課すということも難しい。だから自分が忘れてしまった時でも共に居ることができるように何かを身につけようと思った。
他人へのメッセージではないならば、ただ自分に対しての印としてならばStop Genocideのパッチは強すぎる。通りすがりの人にメッセージを提示する、自分が無防備な時にも提示し続ける強さは私にはまだない。だから自分だけが思える、(もしかしたら気づく人は気づくかもしれない)パレスチナの国旗の赤、流されている血の赤。手の爪を赤に塗る。ささやかな自己満足でしかないが私はそちら側だよ、それを思っているよという意思表示。それと自分に対しても忘れないようにという戒め。日常に埋れて忘れてしまうのは簡単なことだから。あとはもし人から、ネイル赤にしたんですねと聞かれれば、これこれこう思って、、と話し始めるきっかけにもなる。
ずっと塗ろう。この暴虐が終わるまで。血が流されなくなるまで。と思う。
一瞬、毎回ネイルポリッシュで落として、また塗ってってするの相当な面倒だな、終わるまでって長い間だと大変だし無理か、という考えが頭をよぎる。いやいや、ただ私がネイルを赤く塗って長い、と思うそれ以上に、この残虐が続くということの方が長い。「長い」という言葉では間違っているほどに、おかしいことだ、そしてそれは続いているのだから、塗り続けて、覚えていよう。ガザにいる人たちの終わらない悲しみをせめてその日数だけでも共に感じようと。
ふざけないで、自分を着飾るものの一つにするなんて何事なんだ、矮小化だ、ファッションとかにできるわけないじゃない。と自分の中の別の人が言う。でもいまだに関心を持っていない人よりはマシじゃない。忘れないでおこうとしているだけマシじゃない、とディフェンドする私。
結局そんなに思ったにも関わらず、途中でそのネイルも失くしてしまったし、ずっと塗り続けているのも無理だった。でも忘れないように、新しく買った別の赤のネイルをしばしば塗っている。
広告とかが出て来たタイミングでUNICEFにもガザ指定で振り込む。遠い地でめちゃめちゃに破壊されている暮らしと負傷者の数、私の画面に映る数字の記号の小ささに、意味がわからなくてくらくら。これっぽっちの、という申し訳なさ。でも私は一介の会社員でしかなくて、自分も家賃を払って食費を払って生きていかなくてはならない。しんどい時を乗り切るためには少しの娯楽費も必要だ。それを残すことにも心が痛むとともに、でももっと富豪とか、お金持ってる人が多額を入れてくれないと!私の取るに足らない額なんかより!と怒り。
4月、日本はやっとUNRWAへの資金拠出を再開。せめて再開してくれてよかった、という思いと、遅すぎ、というやるせなさと、それでもまだまだこのジェノサイドの終わりは見えないという希望の見えなさに暗澹たる気持ち。
パレスチナでのことについての情報はほぼインスタグラムから。META社の方針で一度規制がかかると問題に上がった。世界で今起こっているリアルを人々の目から隠し、キラキラした美しい世界や着飾ったゴージャスなセレブリティたちだけを見せるのか、そんなことやっていいのか。それでその規制は結局どうなったんだっけ。
フォローしているパレスチナ情報をあげてくれている幾つものアカウントが、出てくるときは自然によく出てくるけど、出てこないときは全く出てこない。私の熱量の起伏もそれにコントロールされている。あるいは私が意識を向けるとAIのパーソナライズにより出てくるようになってまんまとそれにハマっているのか。
いやでもそう言えば、友達のシェアやBBCのラインアカウントからのニュース、(BBCに比べてLINE NEWSは本当に取り上げない。幾度となくトップニュースが芸能関係やTwitterでの話題など、くだらない記事で力が抜けたことか。)何かひとつきっかけがあって、これはやばいとなって、インスタで"pale..."と入れてそれぞれのアカウントの新着投稿を見漁った日も何回かあるな。
ゴールデンウィーク、実家に帰る。
小学校6年生の時、つまりもう12年も前に作ったタイムカプセルを開ける。自分への手紙に、選挙に行け&同封のノートを読め、というようなしっかりとしたメッセージが書かれていた。(本当は20歳で開ける予定だったし、その時は選挙権が18歳になる話が出てくる前だった。)社会のノートが入っており、それを読むと選挙の重要性の話や、ほかにも世界の貧困の話など、世の中の不正義に怒っていて、将来青少年海外協力隊になるつもりの小学生の私がいた。母にも、小学生の時からそんなんやったよ、と言われた。大学の最後の方から私は気候正義に関して関心が高まっていて、いまはパレスチナに関してで、そういったことを発信したりして、周りに急にどうした、って思われているかなんて気にしていたけど、実はそれは急ではなく幼い時からそうなのだ、と新発見する。むしろいまはその子供の時から持っていたそんな一部分に一周して?戻ってきたのかもしれない。
5月10日、Macklemoreの”HIND'S HALL”という曲がSNSで回ってくる。歌詞を聞いてポロポロ涙がこぼれる。
収益は全てパレスチナに行くらしい。かなり挑戦的な内容だ、アーティストとしてのプライドと、責任に対する覚悟がこもっている。そして文句なしに格好いい。純粋に曲として聞いた人にメッセージを聞かせて、抱き込む気迫を感じる。You'd want the world to stand up and the students finally did, let's get it 学生たちは立ち上がった。そうだ。アメリカの大学での学生たちの運動の様子が流れてくる。かっこいいし賛同したい。この、少しでも希望を感じさせてくれる運動に、私もジョインしてもっと立ち上がりたい。
どんな時でも、社会問題や何かの活動から気持ちが離れている際に気持ちをそこに引き戻してくれるのは芸術だよなと思う。思いを再確認させて奮い立たせてくれるし、ほかの人を巻き込めるきっかけもくれる。What happened to the artists, What'ya gotta say?? そうだ。たくさんの人に発信できる機会があるのに、黙ったままってどういうことなの。「表現者」が表現しないってことはつまり現実に何も思うことがないってことなの?黙認は加担なんだよ。
逆にそういうことをしているアーティストに賛同の意を示して、応援しなきゃと思う。以前に友達に教えてもらっていたエイドリアン・レンカーのパレスチナへ売上がいくスペシャルアルバムもオンライン購入。
次の日の朝もHIND'S HALL聞きながら出勤、涙こぼれながら。私もデモに行かなきゃ、実際に参加してみなくては、という思いが増す。今までも少しは思っていたけれど勇気がなくって、実際に行動することがなかった。行ってもどんな感じの空気なのか、どうしたらいいのかわからない。でも、それでも、まずはそこに立っている頭数の一つになりに行こう、と思う。
5月16日、ナクバの日。
会社終わりに新宿駅へ。パレスチナの国旗がなびいている。ステージから少し離れたところに控えめに立つ。たくさんの人がクーフィーヤをまとっている、パレスチナ出身の人が多そうだ。スピーチを聞くけど、思っていたよりわかりやすくなく、ちょっと気持ちの持ち様に苦戦する。でもそこでしばらく聞いて、布に署名して、募金して、最後の少し手前で帰ってきた。
社会の大半の人がガザでのことなんてないように、何食わぬ顔で毎日生きている(ように見える)ことが苦しかったし怖かったから、そこでこれがおかしいと声を上げている人がいてまず安心した。実際にその場に行って、見て、アクションに対しての気持ちをより強くできてよかった。平日の夜だからストーリーが上がっている状態で明日は人に会うことになるな、気にしつつストーリーに写真をあげる。(さすが、アメリカ人の友達たちが数人いいねをくれる)
自分たちのぬくぬくした日々の生活と、同じ日に同じ瞬間に起きている、歴史の教科書に残るような暴虐。解決すべき国家が動いてくれない中で、どうにか希望を持つために、それを見てるよ、と言うサインを出したい。勇気がいることだけど、より多くの人で。
自分にできることとは、、、。となるけど、ただ、何も言わずに何もせずに、忘れて日々の生活を送れない。同じ時代に起きていることをないことにはできない。
イスラエルを止めるためには各国が動かなきゃで、各国が動かないなら国を動かすためにはその国民が動かなきゃで。いまだイスラエルは止まらないし各国もイスラエルを止めれていないので、パレスチナの人が希望を持てるとしたら各国の国民のアクションでしかない。
でも関心を強く持っている人はたった少数なのではないか、と言う不安でやりきれない気持ちにもなった。新宿駅なので多くの人が行き来するし、無関心の人が通り過ぎて行った。それを見て、同じくそれを見ていた、このデモのより中心にいる、パレスチナが自分ごとであるような人たちの心を思って、苦しくもなった。
私も私で、チャントは叫べず、最大でもブツブツ一緒に呟くだけ。大きな声を出すのが恥ずかしいのか、一緒に叫べるほど同じ位置に立てていないのか、、。わからないけど、その場にいた人たちと同じ側にいるはずなのに、同じことを思っていて共感しているんだけど、なんかいまいち繋がれない、という、以前に別のデモでも思ったことのある孤独感。
京大の友達に話すと、日本ではアメリカみたいなそういう強いデモとか、コールアンドレスポンスとかは受け入れられにくいし参加しにくいのではないかと言われる。確かに、と思う。私ももっとなんとかしたい気持ちはあって、高まってきていて、できることなら動きたいんだけど、それがいまいち難しい、ということを打ち明ける。その友達は京大でいろんなサークルが勧誘活動やイベントをしている広場で、ブースを作ってそこでただ座って、来た人と話すっていうのをやったらしい。そんなのならやりやすいんじゃない?と言われる。確かにそうだ。そんなのなら、できる気がする。
日本が他の国に比べて、選挙でもなんでも、政治的な運動が盛り上がらないのは、日本人の性格や文化もあると思うし、あと日本語があまりそういったことを強く言うのに適していない、ってのがあるんじゃないかと思う。自分の中でパレスチナでのことに対して考えをまとめるとき、ほかの人に話すつもりでスピーチを脳内で作るとき、よく英語で考える。英語の方が、自分の訴えが、すらすらと出てくる。心の中にある嘆きや怒りが強い言葉で、勝手に語り紡がれる。
日本語が持つ言葉としての性質が、そもそも強い訴えに向いていないのかもしれない。日本では市民運動や政治への参加の文化が、発達していないだけではなくて、言語や風土、わからないけど様々な要因でどうしようもなく作られにくいのだとしたら?日本では他の国と違った形のアクションを起こして行く必要があるのかもしれない。それはどんな形のものなんだろう。
5月30日
EYES ON RAFAH という画像がインスタのストーリーのチェーン機能でめっちゃシェアされる。ガザ・パレスチナでのことをシェアをしてるのを見るのは初めて、って子達が海外の知り合いも日本の友達も複数いて、私だけじゃなかったんだ、この子もこの子もガザをのことを知っているんだ、気にかけているんだ、とその意思表示が嬉しい。見てるよ、私たちは。許さないよ、まずはみんな見てるよ、みんなで見ていこうね、忘れちゃダメだよ、目を背けちゃダメだよ、ってことを共有する。
でも、何も外に出さなければ何も思ってないようなものじゃない、とかなり悩んだ上で時間をかけて選んだ自分の言葉で発信しはじめていた私はこの流行り物っぽい感じに少しもやっとする気があって、シェアしなかった。誰様だよ、自分だってちゃんと関心持ち始めるのすごくすごく遅かったしその後もできるアクション全くやってないくせに、と批判的な私にめっちゃ批判的な私もいる。
でも私も初めSNS投稿は相当悩んだし、そのスタートするタイミングや色んなハードルは人によってそれぞれなので、多くの人が参加できるアクションはよいことだな、とも思っている。この拡散のおかげで、その友達たちの友達、より多くの人の関心ごとになるのも良いことだ。(ホント誰様だよ、、!)チャンスだ、からこそその画像に止まらず、できることを知ってもらいたい!
日本からだってできること、方法、たっくさん集約されている。何もしないでいられないなって思ったら↓(リンク)一つでも力になるよ
ストーリーのシェアは広がってても、惨劇は変わらず遠いところにあって、こちら側ではぬくぬくとした生活が続く、頭が混乱しちゃうけどせめてできることをしようと。もう一歩近づいて連帯したい。
うん、EYES ONだけじゃなくて、ボイコットや署名、できる行動をしてほしい。自分にも戒めの気持ち。意思表示に加えて、もう一歩近づいて連帯したい。
すぐ後に、なぜそのAI画像がこんなにシェアされたのか、と言うことも一部では批判的に話題に上がる。ガザの人が命懸けで撮って世界に知ってもらうためにシェアしている本物の動画がたくさんあると言うのに、と。確かに、と思い、もやっとして自分がシェアしなかったのにはそのAI画像になんとなく気持ち悪さを感じたからかもな、とも思う。
でも私的には、それのシェアをした人を批判はしたくなくて、多くの人が見てるんだ、とより多くの人が感じることができて、共有により関心が広がったことはいいことだと思う。ただ、そのすぐ後(同じ日か1日後)に、自分のMBTI診断結果がなにかをチェックするインスタグラムチェーンが流行って、それにもみんな参加しているのを見て、がっくし、、、となる。
赤いマニキュアを塗り始めた時には強いと思っていたSTOP GENOCIDEのパッチも、もう、ほかの人へのメッセージとして、つけようと思う。あるいはわかる人と連帯するために。休日に複数人の友人に会う時や、音楽のイベントの時、それをつける。
母が東京に遊びに来た時に、そういった政治的なアイテムは田舎でつけてる分にはあまり人に見られる機会もないけど、東京に来ると電車とかに乗るし(地元は自分の車で移動するだけ)、お店や道でも人がいっぱいいるし、どこでも多数の目線があるからすごく主張的に感じるよね、と言ってた。確かにそうだ、いつもはつけられない。
6月1日
日本の防衛省と日本に企業4社が、エルビットシステムを含むイスラエルの武器商人から攻撃型ドローンなどの武器を買おうとしている、という発信をみて、すぐに反対の署名、共有。
イスラエルの軍需産業に今お金を投資していいわけがない!ジェノサイドに反対の姿勢を一向に示さないどころか、加担するなんてほんとにほんとにやめてほしい日本。
市民たちはできるアクションをやっているのに。国がこんなことするなんて、本当に日本が許せない。考え無しにもほどがあるよ、、、。
常には見れていないパレスチナに関してのニュースを、何かあるたびに、だめだだめだ、と思って追っかけて調べる。怒ったり悲しくなったりしながら、アクションに賛同する。できるだけ。これが今の私のリアルだ。
少し前に、停戦の可能性が浮上して来た。交渉はどうなっているのか、まずは一刻も早くこの悪夢が早く終わってほしいと思うと同時に、その先パレスチナの体制立て直しや内政はどうなるのかという心配。
そもそも停戦合意できるのかというとこから、これからも注目していないといけないし、世界には他にもいろんないろんな目を向けられていない問題がある。
でもこのタイミングで、ガザ・パレスチナでのことについて私が考えたことややったこと、その際に感じたことについて、残しておこうと思っての記録。
途中で書いたけれど、このジェノサイドは歴史に残る暴虐だし、未来に教科書にも載るだろうと思う。
いつか振り返った時に、リアルタイムでその時を生きてた自分は、一市民は何をしていたのか、どんなことをどのタイミングで考えていたのか、ということを記録しておかねば、というこれは備忘録。
一旦ここまで。
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これを一旦書き上げたのは6月23日。それからほぼ3週間。
その間、東京では都知事選があり、イギリスでは首相が変わり、フランスでは政権がバタバタしているようだ。そんな中パレスチナとイスラエルの停戦交渉は進んでいるのか、進んでいないのか、、、遅々としているようだ。その間にも避難場所の学校が爆撃され、子どもを含む民間人の命が奪われている。
備忘録として書き留めるのが第一の目的で、過去の無知には本当に呆れるし、こんなに色々書いたくせして、全然ウォッチすることも行動することもできていない、本当に自分勝手だと思うし恥ずかしい文章でもある。だから公開するかは決めかねていた。
ただ、唯一見せた(文中にも出て来た)友人が、いいと思う、と言ってくれた。さらに、終わりに何かもっと結びつければいいのにと思う、と言われた。日本ではデモなどの強いアクションに人を寄せ付けるのは難しいと思うし、第一私がそこで完全に入り込めなかったことを踏まえ、何か別の形のアクションか、イベントをやることにしたらいいじゃない、と。
あくまで臆病な私にはそんな、自分が呼びかけて何かをやる勇気はまだないかな。だから無責任に投げかけることにする。時に頭でっかちで大抵臆病で、流されやすいけど忘れやすい、中途半端な私でも行けるような、そんな場があったりしない?声をあげることがまだできない人や道半ばな人でも、話し合ったり、連帯できたり、共感できたりする集まりがあればいいのにな。イスラエル企業であるソーダストリームの炭酸ボンベを買うか、環境に負荷をかけるけど高いペットボトルの炭酸水をたくさん買って捨てるかで引き裂かれています、っていう極めて自分ごとの恥ずかしい悩みを、ぶつぶつ話したい。できなかった署名がある人も、SNSで発信したことない人も、スタバのコーヒーが好きな人も、この問題について知り始めた段階でよくわからない人も、非難されずに、等身大のままで、でも関心があるんだから一緒に考えられるような場があって欲しい。そういう場をつくりたい、けれどまだ私にはそんなあれがないので誰かに託して宙に投げる。もしどこかにあるなら行ってみたい。でも私自身も、どうやったらそんな場ができるのか、理想はどんな感じか、まずは考えていきたい。(足踏みすることは得意)なのでまずは一緒に考えてくれる人がいたら嬉しいな。
終わりもまた他人任せでなんなの、って感じだけど。
でも私のこのあわあわと奔走する不完全で恥ずかしい、ささやかな活動と感情の記録も、本当に私の等身大のリアルだから、まずの一歩。何か思ってること今までに感じたことや話したいことがあれば、話してみたいです。
Free Palestine, Stop Genocide,
ガザ、パレスチナの人の命と尊厳が脅かされない日が一刻も早く来てほしい
2024.7.12
ガザ、パレスチナでのことと私。日記的備忘録。〜前半〜
恥ずかしい無知をさらけ出す。
記憶を頼りに辿ったので、時間の前後があるかもしれない。
書き上げ 2024/6/18-23
一応の手直し 2024/7/10-11
2023年10月7日 ハマスの攻撃。
最初はことの重大さがわからない。それゆえ調べよう、情報を自ら手に入れよう、という気がなく、ニュースで軽く見聞きした程度で、何かまた紛争の一つが勃発したな、と。
ほんの2、3日後、職場で結構仲良しの子に出くわして、いつも通り何気なく、「元気?」と聞く。「元気」と答えるが元気なさそう。イスラエルと日本のハーフの子で、後から別の人が「そのこと(ハマスの襲撃)でやっぱ落ち込んでるみたいです」と言っているのを聞き、それに気づかず能天気に質問した自分を恥ずかしく思う。それと同時に大好きなその子を暗くさせてしまうなんてけしからん出来事だ、なんて思う。
攻撃されたのがイスラエルだということだけを知っているので(恥ずかしながらハマスという組織すらよくわかっていない)、その子に対しての自分の国がやられてしんどいよなあ、と。たまに触れ合うウクライナ出身の子たちに感じるものと同様に。国から離れていても、自分の国が破壊されることは不安だし恐怖だし許せない、言葉にはできない辛さだよな、と。
批判的にはなれていない。ということ以前に、一番近くで心を痛めた、知っている顔の味方なだけ。
すぐに、イスラエル側の報復攻撃が始まる。バックファイヤー強すぎだな、という気持ち。その後、これは多勢に無勢の酷い報復なのでは?という疑問が頭をもたげる。
10月20日 岡真里さんの緊急講義
京大の教授の岡真里さんの緊急講義が生配信ありで京都大学や早稲田大学である、とSNSなどで知り、オンタイムでは見られなかったけど、少ししてからアーカイブでみる。わかったことは、これはいま始まったことではないということ。これは戦争ではなくパレスチナに対するジェノサイド・虐殺であり、民族浄化だということ。強い言葉に衝撃を受け、納得・理解しながらも、衝撃を受けすぎて少し内側にこもってしまう。私はまだそんな強い言葉を使えない。
半月が経ち、ひと月が経ち、攻撃は終わらない。
SNSでもちらほらと友達がシェアするようになって来た。大学の先輩や、私が強く共感している気候危機に問題意識がある人たちが。イスラエルがやってることはジェノサイドだ。虐殺反対。ガザに平和を。今までの考えや、その人たちと共有している(と勝手になんとなく感じている)意識と、私よりもずっと社会や環境のことをウォッチして考えてくれているというその人たちに対する(これまた勝手な)信頼をもとに、まず私が立つ瀬はそちらだと認識、再確認。
どこかの駅の近くでのデモ・呼びかけを見て、募金をする。喋ることはせず、SNSの発信もせず。できない。それをもしイスラエルの血が入っているその子が見ると傷つくかな、と思う。その子のことは好きで、その子の国がやっていることは許せなくて、その国にノーということはその子を否定するわけでは必ずしもないんだけれど、少なからずそう感じられることもあるだろう、と勝手に想像する。その子に敵だと思われたくない、悲しい気持ちにさせたくないし、苦しめたくない。そしてその時はまだ、そんなことを急に声高に主張し始めたら思想が強いと引かれるかも、という心配。そこまでじゃなくとも、多くの人には急になんだ??と思われるかな。
私のインスタ上の友達は今や、会社の人や仕事上関わりのある年下の子達や海外の人達がかなりいるので、より多くの人に受け入れらる為に、というSNSの運用を学生時代の3倍以上は考えている。例えば環境に関しての発信をするときにも、自分が正義だと思っているから、だけではなく、より多くの人に理解してもらえるようにということを気にする。一歩引かれることなく共感してもらえるように、通常から自分が信頼のおける人に見えるよう、バランスよく素敵な発信に気を使っているつもり。ひいては自分の側の成功のために。
12月〜2024年1月
伊藤忠に対する、イスラエルの「死の商人」エルビットシステムとの提携をやめることを要求する運動が始まる。その中には伊藤忠の会社前でのスタンディングやデモ、直接の抗議の他に、就活イベントでそういう質問をして就活生を一歩引かせるというものも。
確かにそんな企業にいま就職してくれるなと思いつつも、はたからみるとそれは過激的に見えるのだろうか、などと自分はそちら側ではないという気持ちのような中途半端な立ち位置から考える。
タイミングが合わず(簡単なことなのに)署名せずにきてしまった。諦めもあったと思う。こんな大企業に対して、署名で何ができるのか。そしてこの一企業に抗議するというアクションに対しての力のなさの実感。国や大きな組織が何もしないのにたった一人一人のマイクロすぎる行動、、。それよりもこの武力攻撃が終わって欲しい。
ただ、個人でできることはできるだけ。伊藤忠の傘下のファミマにはいかないようにする、スターバックスも、会社の真隣にあるのに、避けるように。
ついこの前まで、お昼を会社で食べた後にワンモアコーヒー!!とかって言って相互にレシート交換してた私が急にスタバに行かなくなって、同僚は謎に思ったかしら。コンビニ珈琲はタンブラーに入れてもらえないので、コーヒーを飲みたいときは少し遠いコーヒートラックまでわざわざ歩いて買いに行くのになって、飲珈琲量は格段に減った。
そうやって私は、そんなような私にできる小さなボイコットをしていた。
ビニール袋を要りませんと断ったり、ペットボトルは買わないように水筒を持って行く、というくらいの規模の小さなことを。
その中で葛藤も。イスラエル企業でボイコット対象のソーダストリーム。家にあって、電気も使わずに水だけですぐに炭酸水を作ってくれる、友人に誕生日プレゼントにもらってから愛用しているもの。ボンベを変える方式なので、ボンベ自体を買わなければお金は投じていないと自分で自分を許して使っていたが、だんだん炭酸が出なくなってきて困る。でも炭酸水はまあまあ飲むので、買うとすると大量のペットボトルを買って捨てることになる。別のイシューとして気候危機に心を痛めている人間としてそれは許せない、でも間接的にパレスチナでの虐殺に加担することも許せない。飲まなければいいのだろうけど私はそんなストイックにはなれない。自身の日々の生活もあって、自分なりに相当しんどい日もあって、自分のご機嫌自分で取ることをしなきゃいけない中で、、。
2月5日 伊藤忠がエルビット・システムズとの提携終了することを表明。
普通に、「成功するんだ!!」とびっくり感激感動する。これは勝利だ。
大企業がイスラエルと太く繋がっていたつながりを、意志を持った市民の声で、活動で、断ち切った。すごいことだ、と希望を持つとともに、署名しなかった自分が恥である。
自分はそのアクションを押すうちの何千分の一でも、力になれたのに、ならなかった。私が署名しなくても、成功はしたけれど、私はそっち側にいるべきじゃないのか。押して押して頑張る側になぜいないのか、いないうちにこのアクションは進んで成功した。この成功に一つも貢献していないことが恥ずかしい。自分としてあまり許せない。
遅すぎる反省と後悔。
およそ同時期に、ラファへの侵攻が始まるかもしれないという話、それに抗議する声。
どう聞いても許せない話。
イスラエル側に、ここは爆撃するから、次はここも侵略するから、ここも爆撃地域に入るから、そう言われるたびにガザの人は攻撃されない南へ南へと避難して行った。そうやって追われて追われた人たちが来た最後の場所、唯一の安全地帯とされたラファに侵攻するなんて。もうどこにも避難できる場所はないのだから、つまりはもう追い立てて閉じ込めて殺すという意味。今までは(約束破りは甚だしいけれど)一応、民間人は攻撃されないように避難させているという体だったのに、そのもはやそれすら守らないのか、、言葉を失う。
このジェノサイドは歴史に語られる暴虐であるだろう。それと同じ瞬間を生きているものとして、子の世代、孫の世代に教科書に載り、この時おばあちゃんは何してたの?と聞かれるかもしれない。聞かれなくともちらっとそんな考えが子供たちの頭をよぎるかもしれない。
私が小学生の時、戦争やアパルトヘイト、人類の様々な過去の過ちを学び、その時その時代の人はどうしていたんだろう、なんで誰も止められなかったんだろう、と強い正義感と倫理観が溢れて本当にどうしようもない気持ちになっていた。それがこの時代においてもなお、起きている。いま目の前で、同じ時代で。
未来の教科書に、このガザ侵攻の時に日本国内で起こった市民運動として、この伊藤忠へのアクションの成功が少しでものれば、子たちは親や祖父母はそれに参加したのだろうかと思うだろう。私が教科書を読む子どもだったらそれを願うだろう。
かくして、今までの控えめな関心はやめ。このままではいられない。まずは学ぶところからだ。
@palestine.in.japanese、@omou_palestine、@bdsjapan.bulletinなどSNSのアカウントから情報を漁り自分を感情の渦に放り込んでいく。こういうことには向いていないんじゃないかと思うくらい涙もろい。
学び始めると、涙とともに、今までの消極的な自分にも怒りと呆れが溢れてくる。私も何かしなくては。動かないわけにはいかない、、
〜後半へ続く
飛ぶ夢
ちょっと前に見た夢。
我ながらなんか好き。
学校のような公共空間、階段があることも知らなかったのに、階段を降りていくと、地下がある。何をかわからないけど信じ続けてさらに地下に降りると、思いがけず素敵な空間が広がっていた。信じられないくらいいい雰囲気で素敵すぎて、そんな空間が地下に存在したことに頭がこんがらがりすぎて、もはや魔法かと思った。
そこの柱に、アニメーションみたいに自分が横向きになってまるで柱が床であるかのようにてくてく歩いて登る。真ん中くらいの高さでその柱と垂直に伸びるように足で蹴る。重力が20分の1になったかのようにふわふわ漂ってゆっくり床に落ちる。蹴伸びのように、地面に水平のまま足でゆらゆらこぐことができる。それが楽しくってもう一回やってると、ちょうどその高さにある塀の向こうにいる人が私を見て、ただ柱を横に蹴って落ちようとする頭のおかしいヤバイやつだと思って駆け寄ってくるので、説明する。
小さいときにてぃぴかるな「飛べる夢」を見たことはないけど、こうやって重力が少なくなったような、ふわふわとゆっくり地上に落ちる夢、滞空時間が長くてその間にゆらゆらできる、っていう夢は見たことがある。ってそれをその夢の中で思う。
階段を駆け下りて二段飛ばし、三段飛ばし、ってあったけど、
小さいときの夢では大抵それを一フロア分飛ばしくらいで、
トーーンと蹴って、シューンシュタッ、と、ふわっと着地する
ことができた。まさに重力が軽いみたいな感覚だと思う、多分。
夢に戻ると、一人これを絶対に教えなきゃいけない、って子が思いついて、その子のもとへ走っていく。ねえ、小さいときに飛べる夢見たことある??って聞くために。私はね、大空を優雅に飛ぶような夢は見たことがなくって、私の飛ぶ夢って変わってて、、、っていう言葉が多分その後に続く、、、。
混迷を極める
寝ること、眠たいこと、夢みることについてのいくつかの考察、、、あーだこーだ思うこと。
眠い。どんだけ寝ても寝足りない、という時もあるけど、起きれるけどまだ起きたくない、まだ私をここにいさせて、という時ある。
朝起きてでもまだ暖かい布団の中にいる時間がむしろ夢みたいで好き。まどろみ。
起きたくない。まだ世界に出たくないのかもしれない。現実の世界に完全に越してくる手前のところにまだ留まっていたい。
夢が結構ファンタジックだからかもしれない。一応いっぱしに働いていて仕事の夢も見るけど心の奥を探るとまだおとぎ話の世界を生きているのかもしれない。はっぴーでわんだふるでまじかるな、ピンクとキラキラとふわふわの世界。
最近は起きてから出たベッドをベッドメイキングせずに、起きたその立体の形をそのまんまとどめるように触らずに出てくるのが流行っている。自分の中で。
自分が会社に行ってる間もその空間はそこにあって、そのまま帰ってきた後もその世界に入れそうな気がするからかもしれない。
まどろんでいる時に稀にある、眠りに戻されてしまってハッと起きて時計を見ると自分が思ったより時間が経っていなくて時が延びたように感じる、あの幸せ。
起きた時に夢がほんとだったのか、あるいはほんとに夢だったのかわからなくなることがある。本当に過去にあったことを夢にみることもあると思うから。果たしてその夢は追憶なのか、どうなのか。
あるいはしばらく経った夢と記憶がごっちゃになることがある。かつてみた夢と、かつてあったことがわからない。
そんなことがあったような気もするし、そんな夢を見たことがあるような気もする。遠い記憶が、リアルにあったことなのかそれとも夢で見たことがある気がするだけなのかわからなくなる。上の空でした会話が一番それになりやすい。あの子はああ言ってた気がする、でも記憶が遠すぎるな、、、もしかして夢か?と言った風に。
、、記憶の捏造と、夢で見た感じが多分すごく近いんだ。
でもさらには、夢だったとしても夢に見た時点で一回それは体験したことになる。夢で起きてるから体験したことではあって、夢にも見なかった場合とは違いそれが夢でも自分の現実にも完全に左右してくる。
そこまでいくともう、夢の中の出来事も、ほぼりあるってことなんじゃないかと思ってしまって、ってことは記憶の捏造も同じくらいりあるに思えてくるし、もう一歩行くと、でるーじょなるになるのではないかと混迷を極める、、、。
愛してやまないサウンドオブミュージックで、新しい環境に行くマリアが歌う「I have confidence」って曲 の歌詞に
strength doesn’t lie in number,
strength doesn’t lie in wealth,
strength lies in nights of peaceful slumbers
When you wake up, Wake up!
って歌詞があるけど、私は「ん?」て思ってた。強さはどちらかというと例えば、泣き寝入りした夜とか、悪夢に脅かされならがら必死に寝ようとした夜、とか、不安で眠れないまま明かした朝、とかそういったものにlieしてそうじゃない?と思って。栄光の架け橋的な。
でも起きれなくて世界と相対したくなくてファンタジーの世界との間の曖昧なところにとどまりたい、っていう願望を断ち切ってWake Up! するのが強さってことなのかな。夜は夢も見ずぐっすり寝て、朝はすっきり起きる、でるーじょなるでない健康体が強し、ということなのかしら?
もしも万が一、他にこの歌詞が引っかかっている人がいたら、聞いてみたいな。意見求む。
コマ切れその2
端切れの思想
ダウンジャケットは人の輪郭を大きくする。そしてその仕方がコートよりも柔らかく大きなものにする仕方。ベイマックスとか、ゴーストバスターズに出てくるマシュマロおばけみたいに。地下鉄で両隣に人が座っている席に座るのはあんま好きではない。けどその両隣がダウンジャケットだとふわっとした感触がして、さらに自分がその場所にすっぽりおさまる気がする。自分を収めたら沈んで行くから。
本来の人の輪郭の外にはみ出すようなダウンジャケット。でも押すとその本来の輪郭の方に、反発なく収まっていってくれるダウンジャケット。間にはすっぽりと座れる。
本屋で、まじかるなアイテムを発見してしまった。金色の、ボロボロに古びた小さな箱。あまり人が通らないしない通路の本棚の中に、面出ししてる本の狭間に。新品の本屋なのにそのボロボロな感じがすごく魔法っぽい感じを醸し出してる。魔法というか、まるで本当におとぎ話の中のアイテムか、映画の中で出てくる別世界に通じるアイテムっぽすぎる。
そんなものを見つけてしまった世界なのでそれを見つけたその世界がもうパラレルワールドに来ちゃったかと思って一瞬目を疑いつつ胸が高鳴った。
サウンドオブミュージックでジュリーアンドリュースが歌う歌、I have confidenceを口ずさんで駅に向かって歩いていた。駅に着いて改札をくぐってエスカレーターに乗ってる時に、ドレミの歌英語版を口ずさんでいることに気づいた。本当に気づいたら曲が変わっていた(というか次に進んでいた)ので自分でもびっくり。、、サントラ、、??もしやその間にMy Favorite Things歌ってたりした?脳内にも無意識でも慣性の法則が働くのかもしれない。進み続ける法則、というか、再生すると止まらない、、、
定型文を何回もタイプし続けると、そのスピードが上がって行く。何も考えずにそれを猛速でタイプしていると、文字がブワァーっと自分から湧き出てきているような気がする。
何も考えずに高速で物事をしているとその行為が思考の速度を上回る、ように感じるという錯覚?
お風呂で本読んでたら次の日にその本カバンに戻すのを忘れた。いつも1冊か2冊、本がカバンに入ってる。毎日、仕事に行く時も仕事から帰る時も。読まなくてただ荷物になる日も。でも最近は電車に乗った瞬間に本を開いて、開いたまんま乗り換えを2回こなし、なんならエスカレーター乗ってる間までも開いて読んでたりするのがブーム。本の世界に夢中になってそこから抜けられない小学生みたいな気分、そんなふり。
Books are power ...if you read itって書いてある栞を本屋さんでもらい、確かに、と妙に納得して最近は前よりよく本を読んでいて、そのブームもきた。本は本当に私を強くしてくれる。本当に。食べたものが骨となり血肉となり私の体が作られるように、読んだものが、いろんな知識が、いろんな世界が、いろんな小さな気持ちや考えが、私の身となる。
物理的に本を持っていないその日、電車に乗って本がない!となったその時、とても弱く感じた。今戦ったら負けちゃうような。何に?
コマ切れの思想
今までの文章たちを集めて形にした。自分なりにはかなり頑張った。
そしたらそれでかなり気が済んだのかあまり思考の泡が浮かんでこないようになった。というか、正確にいうと、小さな泡は浮き上がってくるのだけど、それを育てて大きくすべきだ、したい、という欲が減った。気がする。なので、あまり熟成されていない最近のコマ切れの思想たち。
私は気分屋で、気分が上下する。実は自分は安定している方だと今まで思ってきていたが最近思うにはかなり感情の起伏が激しい。楽観的でハッピーるんるんなときや、落ち込んでというよりただただダメダメになってしまって何もしたくないときの差が大きい。自分の管理ができてないなあと思う。ところでうちには小さながじゅまるがいる。名前はがじゅ。一緒に東京にも引っ越してきたし、友人からもらってかれこれ4年になった(!!驚き、、)。この前掃除をしていてふと目に入って眺めていたら、はっと気づいた。葉っぱが薄い、、!!!!と思う!!!確かに、水やりをしばらく忘れていたりしてしまっているし、毎日気をかけたりなんて全くできていない。がじゅ!!ごめん。。!!!!!ああ、、、、。でも、そうだよなあ。植物のコンディションを整えられない人間が、自分のコンディションを管理できるわけないんだよな、、。植物の葉っぱさえ薄くさせてしまうのなら、自分だって薄くなってるわな、、。
家の近くで見た文言。Flying Alice and Heavy Children。どういうことだろう、、、。まずFlying Alice?ピーターパンの方が頭に浮かんでくる。永遠に子供で、ネバーランドにいて、軽々と空を飛ぶピーターパンと、ピクシーダストをかけてもらって飛べるようになる、大人になる宿命を逃れられないウェンディたち人間の子供。でもアリスは穴に落ちて不思議の国に迷い込んでしまった女の子。不思議の国にいた、塀から落ちてしまったハンプティダンプティは重たそうだ。Heavy Childrenは重たくて飛べないのだろうか。飛べないのではなく、考え方が固まってるとかそういうメタファーだろうか。でもアリスって飛ぶっけ?アリスってどうやって飛ぶの?別のアリス?、、、
日本で売ってる英文字の入った商品の英文ってすっごく変なのがある。Tシャツやトレーナーとか、ポーチとか。英語がわかるようになってから、そんなのを冷めた目で一歩引いて見ては、うわ〜変なの書いてあるの着てるな〜〜って思って着た。文法がおかしいのとかもあれば、青臭いセリフのものもある。ストレートにポジティブすぎるというか。前者は間違ってるな〜って思うけど、後者はなんかださいというか、、。でもある日疲れが取れてない平日朝、会社へ向かう電車の乗り換えの際に前の人が持ってるトートバッグが目に入った。Make Every Day the Best in your Life! ああ、持ってる人のためのくさいセリフではなくって、こういう時にふと誰かの目に止まってその人に元気付けるためにあそこまで妙に自己肯定的なセリフが装われているのかー、なんて妙に納得したり。今自宅の机の上にずっと開けずに置いてある缶のお茶がある。ケバブ屋さんがくれたそのお茶はなんかほっこり優しい。「心が渇けばお茶が良い。一服一福一休み。」
体力がない。ずっと外にいたらしんどくて、土日のうちのどっちかの半日以上は家でぐでっとしてる時間がないと、倒れかけている何かがもう一回しゃんと立たない。体力よりはマインドの問題か?マインド/心の問題というか、自分のとっての不足かつ必要要素?体が弱いというよりは自分の時間と場所が必要で、それが補充できないと整わないという弱さなのか。自分を自分に立て直す時間?
シャワーヘッド押し込めばもうちょっと入る論。シャワーヘッドを手で持って洗っていたのをその途中で元の位置に戻したくて壁についてるホルダー的なところに入れる。そのままシャワーから水を出す。するとシャワーヘッドの向きが変わっていってシャワーが当たるところがこちらが欲しい位置とずれてしまう。もう一回シャワーヘッドをホルダー的なところに入れ直す。それでもなんかずれていく。なんなんだ、と思いながら何回かのホルダー的なところに入れ直す。シャワーヘッドが勝手に動いて行かなくなるまで何回か入れ直す。たまにはこちらが根負けして自分が位置をずれてシャワーが当たるところに行く。、、のだけど、最近した大発見。シャワーヘッドがずれて行く時、シャワーヘッドをホルダー的なところに入れてさらに下にぐっと押し込めば動かなくなる!!!より固定される!!この年になるまで思ったことなかった。シャワーが動かなくなるまでご機嫌を伺うように入れ直してたのに、たったのちょいと押すだけワンプッシュでこちらの思う次第だなんて!!この発見は概念的になんかいろんなことと繋がりそう。この論は発展の余地あり。