タトゥーのメモ

今回はいつも以上に自分のための覚え書きとして。(割と真面目で面白くはないかも。てかこっ恥ずかしい。)

 

タトゥーを入れる。ホワイトタトゥーにしたい。肌から少し浮くような、綺麗な白で。時が経ってだんだんぱきっとした白から、薄れて肌に馴染んで行くのもいいなあ、と。デザインもあらかた決まっている。一艘の帆を張ったヨット、波、風、星。星は9つにしようかな、9という数字に思い入れがあるから。

9月に誕生日が来て22歳になる前に。来年の誕生日にはもう社会人で、住む場所も生活も変わっているだろうし、何もかも想像がつかない。でも心に余裕がない人にはなっていませんように。いつだって自分は何にも縛られてないし自由だってことを忘れていませんように。それを見ていつも思い出せるように、刻む。いつも誕生日に願うこと、こども心をいつまでも持っていながら、楽しく、かっこよく、心の広い、素敵な大人になりたい(めっちゃ欲張りだな笑)。あとは21歳の今のこの感覚、何にも繋がれていないし、何でもできる、何もしなくてもいい、楽しいことに奔放に、大きなことを考えて突き動かされたりもする、この今を忘れたくない。

と言いつつまだまだ欲張りな話が続く、、

最近新しく加わった、こんな風、っていうなりたいイメージがある。それは「風が吹き抜ける人」というイメージ。英語で言うとbreezyというか、、。自然というか、素直というか、肩肘張ったり溜め込んだり気を張りすぎたりせずに、なんかいい感じにものが通って流れてゆくことができる心身でいたいなあ、と。頑と強い訳でも、細くて倒れる訳でもなく、ねちねちひっつく訳でもぐねぐね曲がる訳でもなく、凛と立ちながら流れを止めてしまわないよう、流れ続けるように風通しをよくする。日本語の美しい表現を使うと「しなやか」「たおやか」と似てるのだろうか。いまいち言葉で言い当てられないけど、これを思う時に出てくる絵はサーファーの年老いてはないけど若くもない女性、メイクもしてなくて髪も肌も日焼けしてるけどすごく健康的で美しく見える。立ち姿が綺麗で、波に乗っている姿はかっこいい、さっぱりしているけど暖かさがあって、、、という感じの人。(覚え書きとして書いてるのに、わかりにくいこと極まりないね、、笑)とりあえず、「風がすーっと吹き抜けられる人」っていうイメージがあるの。

また別の、こちらは一年前くらいに出現したもの。就活中に企業の人事の人と面談していて、自己分析とかを一緒にやらされた後に、ライフプランみたいなのを考えさせられて、その時に、「最終的に、最終目標としてはどんな人になりたいと思ってますか?」という感じの(多分みんなに共通して聞くのであろう)質問をされた。きっとこんなことを成し遂げたいです、とか、こんな風に生きていきたいです、とかそんなのが答えとして期待されていたんだろうけど、その時自分の教授の哲学者ぶりに感銘を受けていた私は「頭の中が広い人になりたいです」と。年をとっても考えることをやめないで、いろんなことをオープンに受け入れて、自分なりに考えることができて、深く考えすすめることもできる、確かにこれはこれからも絶対に手放さず、というかこれからもっと深めて行きたいところだ。

上の二つはランダムな私のなりたい人像の話に思われるし、実際に心にかけ始めた時期も違うのだけど、タトゥーのデザインを考えている時に、ふと繋がって、なんだかしっくりときた。はたからみるとそのつながりは微妙に思われるかもだけど、私の中では、なんかぼんやりとしたものがふわっと繋がっている。(。。覚え書きだから笑)

今まで何とは無しに、流れるものに興味を持ってきた。ヨットには(タトゥーのデザインの意味の話に戻った)自分もヨットのように波に揺られて流れることのできる柔軟性、緩さ、を持っていたい、という気持ちもある。良い風を捕まえた時にはそれを活かして突っ走りたい。たまには流されるまま流されて見たり、たまには波が静まり風も凪いで星を見たりする。どこでもいけるし、何でもできる、かもしれない。その自由さがある。全部が自分の思うようになるという自由ではなく、他のものが色々絡み合って、因果や偶然もあり、どうなるかわからないけど、一瞬一瞬は自由に溢れているし、その次になんだってしたっていい、それも全部ひっくるめた自由。

そしてヨットはオタオタと周り任せで流されるだけじゃない。ヨットは、身軽でありながらもしっかりと自分自身(帆と船体)をもっていて、帆を高くあげ、波を超え進むことができる。私も周りの風や波に流され新しい出会いをしたり変わったりする。でもその流れる自分は自分なりの一歩一歩踏みしめてきた美学や哲学(そんなたいそうな名前がつけられたものではないような小さな嗜好や思考たちのこと。)や感性を持っている。だからこそ漂えるし波に流されたり風に乗れたりする。この、積み上げられてきたもの、ヨットで言うと一本一本釘を打たれ、板から作られた船体、一針一針縫い合わせて掲げられた帆を磨き、繕い、新しく交換して行きたい。それが今までで作り上げられた自分の完全体だと慈しんで行きたい。そしたら日にさらされ風に吹かれ、もっともっといい風合いになるだろう。船ほど大きくて頑丈ではないけど、等身大のヨット。この子を心から愛しながら航海を続けたいと思う。

 

でもこんな色々な思いを込めたってそれを一つ一つ全部覚えてたりはしないだろう。そんないろんな思いが全部入り混じってひっくるまってチャームとして体に刻まれる、ってのがタトゥーのいいところなんだから。今言葉にした色々も、それは私が無理やり言葉にしたのかもしれないけど。タトゥーに込めたたくさんの意味の個々の境界線がだんだんとぼんやりとなって消えて行って、一つ一つの話としては、さらには言葉としても、思い出せなくなっても、「なんとなくのほわんとした思い」みたいな感じが残って、刻まれたところに、ずっと居続ければいいな、なんて思う。

 

「ねえこれよ、これだけであなたは航海しようとしてるのよ。素敵でしょ、ミワーン。」